ソフトキーの思想

May 20th, 2003 gecko Posted in 102.基調提言 No Comments »

ノキアの「ソフトキー」スタイル、ふたたび Date: 2003-05-20 (Tue)

Nokia Watchにおける3年前の主宰者記事から。

ソフトキーというのは、言うなれば「次の操作を教えてくれる」マニュアルの働きも持っている。単にボタンの数を減らすために一つのキーに複数の働きを持たせたものではない。
(略)
ソフトキーは「次々とこなす」ための指示の代わりにもなっているのである。
(略)
メールを受信すると、左ソフトキーに「リスト」→「読む」と表示される。
マニュアルなしで操作できるのは言うまでもない。
読んだ後は、保護するか削除するか、その時点でとれる操作をソフトキーが指示するので、適宜処理すればよい。
メールを読む操作において、とまどいも不便も感じられなかった。

日経の主席編集員にも頼もしい人が現れた。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030519/2/
2003年5月19日の記事「やっぱり足りないデジタル機器の「自明の使い勝手」」を参照しよう。

筆 者はマニュアルが手放せない日本の携帯電話におけるユーザーインターフェイスを問題にし、「せっかく高解像度,多色カラーの液晶画面を装備したデジタル機 器なのに,グラフィカル・ユーザー・インタフェースを最大限に活用しないのは,資源の無駄遣い以外の何者でもない。」と断罪している。
筆者は、「次にできることをメニュー表示する必要性」を強く訴えている点で私の長年の主張と一致する。
ところが、NTTドコモやメーカーに問い合わせたところでは、現在のところその必要性を感じている様子はないとのことだった。
つまりはユーザー自身が高機能性ばかりに目がいく傾向にあり、ユーザーインターフェイスの改善など、売上に寄与しないというあきらめなのかもしれない。
日経の筆者はここで海外製携帯電話、とりわけノキアに着目する。
「待 ち受け画面にはメニューを呼び出すためのボタンはどれなのかを示す表示が出るし,メールを受け取ったときには,そのメールを読む,返信する,メッセージ送 信者に音声電話を返すといったメニュー表示が出る。」という例を挙げ、「その機器に触ったことがない人でもなんとか使えるようになるのは日本の携帯とは ちょっと発想が違う感じがする。」と賞賛する形でしめくくっている。

ユーザーを啓蒙するのはもともとキャリアやメーカーの仕事とは言えない。
彼らは売れるためのことをするのに精一杯だ。ここはジャーナリストの出番であると言えよう。

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携帯はライフライン

May 10th, 2003 gecko Posted in 102.基調提言 No Comments »

携帯電話は、いざというときの頼れるライフラインである。
ライフラインといえば、電気・ガス・水道・電話など、公共料金の名で代金の支払いをするサービスを指すものであることは一般に漠然と思われている。電話がライフラインなら携帯電話も当然ライフラインであろうとは誰しも無意識には思いつくことではあろう。

そこをあえて一歩進めて、「ライフラインとしての所持」を携帯電話を持つことの第一義に考えるというのが私の提言である。
携帯電話に求められる機能は、
・エリアが広いこと
・音声通話がクリアであること
・国際ローミングができること
を最重要に考えるのである。
ついで、
・防水防塵タイプであること
・GPS機能が付いていること
・ラジオの受信ができること
なども、「いざ」の場面を想定すると機能としてあったほうがよいと思われるものである。

私が「ライフラインとしての携帯電話」を最初に意識したのは2001年7月で、あの米中枢同時テロ事件よりも時期的には早いことになる。
その後、テロの恐怖、感染症の流行など、渡航の安全を意識した企業が多数現れはじめ、GSM携帯電話を求めるケースが見られるようになったのは喜ばしいことである。
—2003/5/10現在
日経ビジネス誌によれば、ライフラインとして社員にGSMを持たせる方針を表明した会社は米中枢同時テロ(2001/9)以来、いくつか出現するようになった。

当時配信していたメールマガジン記事

Subject: [digital2002.180] [NOKIA Wireless Forum(NWF) MAIL]
Sun, 8 Jul 2001 16:39:07 +0900 (JST)

2001年7月8日配信の記事から。

>■携帯電話で大切なのは「通話」だ。
>きょうはつくづく確実な通話の大切さを思い知った。(詳細は省く)
>まさに携帯電話はライフラインに違いない。

>こちらの声が伝わらないという不具合もなく、筐体がデカイせいか
>音声系もなかなかよろしい我が愛機(NM201)。
>一度電波をつかんだら離さない(”話す”道具だが)ノキアの特質。
>どれをとっても、とっても惚れ惚れだ。

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携帯電話で大切なのは「通話」だ

July 8th, 2001 gecko Posted in 102.基調提言 No Comments »

FORUM TODAY

FORUM TODAY
NOKIA Wireless Forum (NWF) byNokia Watch
投稿記事【FORUM TODAY】携帯電話で大切なのは「通話」だ
■携帯電話で大切なのは「通話」だ
~私が第3世代携帯電話に求めるもの

あることをキッカケにつくづく確実な通話の大切さを思い知った。
まさに携帯電話はライフラインに違いない。

こちらの声が伝わらないという不具合もなく、筐体がデカイせいか音声系も
なかなかよろしい我が愛機NM201。
一度電波をつかんだら離さない(”話す”道具だが)ノキアの特質。
ガワのデザイン(見た目デザイン)も内部ソフトウェアに見る「関係のデザイン」も良好。
どれをとっても、とっても惚れ惚れだ。

日経に連載された北欧紀行も面白かった。
最終回はスウェーデン企業の社長とコンタクトをとる話。
会社にかけると「ちょっとお待ち下さい」と転送される。
そして着信した先からは明らかに風を切る音が・・・。
「いま、セーリングしているんですよ」と社長。

NOKIAロゴ入り帆船の木製置物

北欧人のリフレッシュ休暇の愉快さもさることながら、電話って面白いなぁ。

その取材でも、例のケータイ自販機購入の現場はあまり見られなかった代わりに、
人々がビジネスのシーンで見事に携帯電話を使いこなしている姿が書かれていた。

若者向け遊び系として「発展」しているように見える”ケータイ”は実は底が浅い。

「KDDIからもゲーム携帯が登場」などと書かれているJAVA端末は、まさにそれ。
JAVAで何ができるのかしたいのかゲームぐらいしか提示されていない。

ノキアにおいては、ぜひビジネスシーンで「使える携帯」を維持してほしい。

高機能第3世代携帯電話にも、まずは音声系のめざましい改良国際ローミングを 期待したい。当然国内においても広いエリア展開を第一にお願いする。

(2001/7/8 主宰者記事)

 

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私がノキアを支持するわけ

October 29th, 1999 gecko Posted in 102.基調提言 No Comments »

NOKIA WATCH の須藤です。

最近、私どものページに対して、「なぜ、いま、ノキアなのか?」という問いかけを受けることが二三ありました。
競合他社は数多く存在し、しかも売れ行きはそちらのほうがかなり上です。ノキア製品は、海外ではともかく日本ではメジャーな存在ではないからです。
そんな状況のなか、ノキアのどこが良いのか? 支持する理由は何なのか? について、雑誌取材等への対応の意味も含め、ここに私の考えを集約した文章を掲載し、提供したいと思います。

ノキアの携帯電話を支持する理由は、以下の通りです。
(1)ユーザーフレンドリーである
(2)携帯電話のありようを意識した作り
では、以下にその詳細な理由を述べます。

(1)ユーザーフレンドリーである
ある機能を実行したいとき、ノキアではメニュー形式で階層をたどっていくだけで実行されるのに対し、ムーバではまずヘルプキー(または F+9など)で目的のコマンドを探し出してから改めて実行するという二段階の手間がかかります。
数多くのコマンドを覚えていればよいのでしょうが、覚えなくても使えるようにするのが親切というもの。
どうも日本人は、器用さで使いにくさをカバーしてしまい、いつまでも「ソフト二流」から脱却できないように思います。

(2)携帯電話のありようを意識した作り
日本人はキカイそのものが好きなのでしょうが、欧州人は使いやすさに重点を置いているように見受けられます。電話機そのものへの興味より、携帯電話というシステムのありように心を砕いているように思います。
日本がデジタル方式を決めるとき、PDC方式のほうが優れているからという理由でGSM方式を採用しなかったのは誤りだったのではないでしょうか。アメリカはともかく世界中でそのまま使えるGSM方式は大変魅力的です。
また、GSM方式にはSIMカードというのがあって、個人の情報が蓄積され、電話機の機種変更が簡単にすみます。
日本のメーカーは、電話機をどのように使うかというソフト面の追究をなおざりにし、ただキカイ好きの日本人らしく、小さく軽く最新のテクノロジーを詰め込 むのに夢中なだけという気がします。事実、ドコモが圧倒的なシェアを確保したのは、超小型端末をいち早く売り出したからというのが定説で、いっぽうノキア は激安商品として毎度登場しています。
ヨーロッパ等ではデータ通信の需要が高いと、ノキアモービルホンジャパンの担当者とメールでうかがったことがあります。それでノキアでは、PCカードを使 わずにソフトウエアによる 9600BPS通信を可能にしました。これによってパソコンのカードスロットが一つ空くだけでなく、パソコンのバッテリーの持ちもよくしています。
また、太陽電池で充電できる電話機も開発しました。これなども、「使い方」に重きをおく発想をしない限り出てこないでしょう。

つきつめて言えば、携帯電話そのものを単独でとらえるのが日本人の視点ですが、欧州では、他との関わりの中で、例えば、「電話機と人」、「電話機と 電話機」、「電話機とパソコン」、「電話機と使われる場所」、「電話機と情報伝達のシステム」などと、「関係のデザイン」(秋岡芳夫氏)でとらえる欧州、 となるのでないでしょうか。

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日本でノキアが売れないわけ

October 29th, 1999 gecko Posted in 102.基調提言 No Comments »

今や世界第1位の携帯電話メーカーになったノキア。
だが、日本市場だけは例外的に市場シェアが少ない。
ノキアが売れていないのだ。これはどうしたわけか?

わけ、その1 そもそも機種のバリエーションが少ない

海外でのノキアをウェブで調べると、実に多彩なモデルが発売されている。
単にモデル数の多さだけでなく、カバーの取り替えができたり、
ウェブを閲覧できる機能を搭載したりなど、「芸」の達者な機種が多いのも特徴だ。

それに比べて日本ではどうか。
ノキア製の現行機種は、おおきく3種類のみ。それも、欧州モデルをそのまま改造しただけの機種を投入していただけであり、デザイン的に日本人好みではなかったこと。そして大きさ重さが敬遠されて支持されなかった。

初めて日本向けに開発した機種NM206系は、SIMカード採用、ヨベバ機能搭載ということで話題にはなったが、発売が遅れたのか遅らされたのかは謎だが、音声認識は富士通に先を越され、SIMカードは見送りとなった。
富士通は旧電電公社時代より関係の深い会社だけに、外資に先を越させるわけにはいかないという政治的配慮があったかもしれない。

また、ノキアにSIMカードを搭載されると、この技術で後れがある日本メーカーにとって不利になる。
SIMカードの便利さに慣れたユーザーは同じSIMカードが使える機種を使い続けることになるからだ。
ドコモは一時、似たような機能を持つ「アプリケーションカード」を開発することを表明したが、これは単なるポーズに終わっている。一部自動車電話に搭載さ れていると聞くが大きなアナウンスはなされていない。もちろん、一般の携帯電話に搭載するという話は消えている。ノキアの「搭載あきらめ」と呼応している と見るのはうがちすぎだろうか。

SIMカードを搭載することは、GSMで一般に行われているように、電話機と加入権を分離して販売することにつながる。
すると、キャリアから商社をへて代理店に至るビジネスの流れを一元管理しにくくなり、価格統制が難しくなる。
すでに市場支配力を持った巨大キャリアがこの利権を手放すことはないだろう。
あるとすれば、やはり「外圧」に頼るしかない。

わけ、その2 独自規格の壁

日本向けには、日本独特の規格であるPDC方式に合わせる必要があるため、どうしても世界企業としてのスケールメリットを生かせない。

ではなぜ、日本だけPDC方式なのか?

その時点で最も優れた方式だったから、というのが通常言われている説。
この「優れた点」というのは、音声がよくつながりやすいからというユーザーの視点にたった意味ではなく、電波の使用効率が高く、多数のユーザーを収容できるという 企業側の論理だった。この意味では「大正解だった」とも言える。何千万と増えたユーザーを今のところ大きな混乱もなく飲み込み運用しているのだから。

逆の見方をすれば、高コスト社会の日本では、大多数が不便を強いられながらも我慢して使うことを強要されるとも言える。その我慢こそが日本人の美徳なのだ。山手線の満員電車はひどいものだが、あのくらい混雑していなければ鉄道会社は赤字であり、廃線の憂き目に遭ってしまうのだ。

だが、PDC方式を採用した点にはもう一つ恐るべき見方もある。日本独自方式をあえて採用することで外資の参入を見事に食い止めていると見ることもできるのだ。日本企業を守る「国策」だったのかもしれない。
ショップでPだのNだのDだのにばかり注目し、ノキアに目もくれない人たちは、結局、国策に踊らされている可能性がある。

日本独自のPDC規格。海外メーカーが端末を投入するのには大変な「参入障壁」である。

わけ、その3 モデルチェンジが少ない

日本の基幹産業ともいうべき自動車に代表されるように、モデルチェンジは頻繁に行うのが常識として定着している。同じ名前のクルマでも、モデルチェンジすると似ても似つかぬ車種が登場するのは笑止千万だが、それでも同じ名前を語ることでユーザーの乗り換えを誘導するのに成功している。

ヨーロッパ車は基本的にスタイルを継承していくので、誰が見ても車名がわかる範囲でのモデルチェンジしか行われない。特に「顔」をいじることは少ないとされている。アウトバーンで先を急ぐには、先行車のミラーに映るこちらの「顔」が重要なのだ。そしてモデルチェンジそのものも、その回数は日米より少ない。

ノキアはボタンの配置など基本はずっと同じで、形も独特なものだ。
しかし、頻繁なモデルチェンジに慣れた日本人には新鮮味がないと映るのも事実であろう。

わけ、その4 メーカーに洗脳されている?

ノキアが売れない理由として、大きくて重いからというのがある。しかし本当に大きくて重いのか?
日本メーカーに比べて「ようやくノキアも小型軽量で日本に追いつきつつある」という意見をよく目にする。
この「小型軽量では負ける」という視点は、実は小型軽量が得意な日本メーカーが「良い携帯」の条件として誘導しているのではないだろうか?
外国勢に勝てるのは「小型軽量」という点。そこで、この条件を満たすのが良い携帯、大きいのは悪い携帯、というふうに「洗脳」している可能性もあるのではないだろうか?

個人は自分の判断でいい電話機を選べればいい。でも「いい」の基準が企業側の論理にはめられていたとしたら、どうか?

小型軽量のものを作るのは日本企業の得意とすることである。外国企業はなかなかマネできまい。
・・・それで、「国民のみなさん、いい電話機というのは小さくて軽いものですよ」と洗脳したら・・・
ノキアは売れない。小型軽量化に長けた日本メーカーが売れる。
もしこうした深謀遠慮があったら、「自分の判断で選んだ」とは威張れない。

胸ポケットにズッシリして持ち運びに困難というのでは困るが、現在は行きすぎた小型軽量に走っている。
メニューの使いやすさ、赤外線通信に見るデータ通信重視の姿勢、これらは日本メーカーにはまずない。

モノ作りの「視点」が異なるのだ。日本人の視点が大きく変化すれば、業界の勢力図も大きく変わる可能性を秘めている。
「視点」は永遠普遍ではない。消費者が変わればモノも変わるのだ。

*2007年追記 現在、100gを切る小型軽量化の競争はあとかたもなくなっている。多機能化によって大画面が当たり前となり、いまどき小ささを売りにする携帯は「プレミニ」などきわもの扱いだ。視点は簡単に変わるのだ。

わけ、その5 次世代・世界共通端末の “黒船”

NHKの番組で水素を使った燃料電池の開発に関する話を見た。ガス会社がガスから取りだした水素を活かして家庭に燃料電池発電装置を置き、家庭の電源をまかなえるようになるという。
すると電力会社は存在が危うくなる。従来のルールでは参入規制があって、発電・売電事業は独占できたがこのルールが変更されたら・・・。まさに「ルールが変わると勝者が変わる」とはこのことだ。

これは通信事業にも当てはまる。
日本での携帯電話ビジネスはPDC方式でなくなり、世界共通の方式になる。ルールが変わってしまうのである。
日本にも世界から電話機が売り込まれるようになる。かつて防護壁として機能した「方式の違い」はもはやない。第3世代(3G)という「たった一つの土俵」に立たされ、同じ共通の新ルールで戦わなければならなくなる。
日本メーカーは日本人向けに特化した端末を作り続ければよいのだろうか?
海外メーカーが世界中を市場にしたスケールメリットを活かして低価格攻勢をしかけてくるとき、どこまで耐えられるかは疑問である。
NECのPC98シリーズがDOS/Vという荒波に一気にシェアを落としたことを想起すべきであろう。

世界を相手にした端末作りを進め、スケールメリットを活かしたビジネスモデルに転換しない限り衰退するのは明らかだ。

なぜモトローラは今日の衰退を招いたのかを考えてみよう。
デジタル携帯電話への流れを完全に見誤ったことが最大の原因であるが、むしろ自国内に巨大な市場があるための「慢心」と考えられなくもない。

この点では日本メーカーも同様で、日本人の好む端末作りには長けているとしても、世界共通端末の時代になって、果たして世界中の人から歓迎される端末を作れるか?
日本だけで完結するビジネスはもはや通用しなくなると思われるのだ。

ノキアがフィンランドという小国のメーカーであることは実に示唆に富んでいる。

(1999.10.29発表。12.09加筆修正)(2007.2.24推敲+追記)

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